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遠景を見ているとき、私たちはその光景の細部の対象には触れることができない。光景は光の知覚に、もっと言えば、見るという行為によってそのほとんどが担われているのだろう。遠景を眺めるということは、光景の中にひそむ個々の対象の「在る」という実感を宙吊りにしながら、知覚世界の中でイメージを構築し続ける行為なのかもしれない。
灯台は、そこに存在するということに重要な役割を持っている。灯台の灯が船舶に届くとき、遠くから放たれた光が地点を持ったひとつの存在として認識されながら、海上から陸へと印をつけ、航海者の命をも守っている。光景における存在の不確定な性質に反して、灯台は「在ること」を突き抜けた光景の中の「特異点」のような特別な存在に思えるのだ。
全国で16ヶ所ある参観灯台のうち5ヶ所の灯台に登り、デッキから見渡せる景色を様々な画角や構図の写真を撮影し、ひとつの灯台につき約1000枚ほどの写真として収集した。光景の中のあらゆる対象に対して、見て、認識するまでのあわいを縫っていくように、身体感覚の変化に同調するようにシャッターを切り続けていた。
水に溶ける紙に写真をプリントして溶かす独自の技法 〈Photo abstracting〉 を用いて、灯台からの光景をその地点ごとに水に溶かしていく。写真を水に浸すと、紙の繊維同士が解かれ、水中のすべてがイメージを構築するための素材になる。自分の指先や道具を使いながら身体的にイメージに触れ、光景の記憶が経験に呼応するかたちで再現されていく。
物とイメージの、在ることと見ることが接近した「イメージの現象」とも言えるような状態とその痕跡のなかで、私たちの知覚に触覚的なリアリティを呼び起こしたい。